喰うなら喰やれ  1-2

 「おはよう」
「あ、おはよう、姉さん」
「アンタいいかげんやめて、その『姉さん』っていうの。アタシはアンタのお姉さんでもなんでもな
いんだから」
 『姉さん』―――サリアは、アタシの姉じゃない。でも、『姉さん』。
 アタシの家は『小鹿亭』という名のレストランをやっている。ど田舎に建つ小鹿亭には、当然な
がら全然お客さんは来ない。それでは生きられない、そこで副業として同時に宿屋もやっている。
お客さんは、若い女性で長期滞在限定。なんでかは知らないけど、お父さんのこだわり…だった
のかな?ウチに男の人を泊めた記憶が無い。小さい頃はそんなことは知らなかったので、父さ
んに言われた『おねえちゃんはたまにしかうちにかえってこれない』とかなんとかもすぐに信じて、
みんな本当のお姉ちゃんだと思ってた。それでまた、来るお客さんはみんな年上なもんだから、
お客さんを『お姉ちゃん』と呼ぶのが癖になってしまった。
 『お姉ちゃん』達の中には、塞ぎ込んだりして、とっつきにくい人達も少なからずいた。そして皆、
一月ほどすると、ふらっとここを出て行く。そのとき決まってアタシは別れに立ち会えない。 
 今回の『お姉ちゃん』、サリアはこの国の西のほうの出身。それくらいは教えてくれたんだけど、
それ以外は教えてくれなかった。なにか話しかければ、ちょっとは返事はしてくれるんだけど、あ
まり長く続かない。アタシ達の性格が合わないわけじゃないのは、なんとなくわかる。ふとした話
題で、何時間も話した日が、一度だけあった。でも、その日だけ。なにか、サリアはどこか遠くを
眺めてることが多い。じゃなかったら、なにかずっと考え込んでる。
 そういえば今日は、サリアがここを出て行く日だ。レストランにお客さんが来る日には必ず、新し
い宿屋のお客さんが来る。でも、サリアにここを出て行く気配は無い。とりあえず、下ごしらえをし
ておこう。ここ小鹿亭のメニューは極めて単純。小鹿のスープしかない。だからお客さんもそれ以
外頼みようも無いし、頼まれても何も出せない。
 玉ねぎ5個に、ニンジン3本、あとは芋を6個。皮を剥いて、切る。鹿の塩漬け肉少々と合わせて
軽く炒める。あとは父さんが保存していたスープの素と、水を加えて煮る。このスープの素、アタ
シには絶対に作れない。さっき使った塩漬け肉と同じで、鹿の骨を使ってるらしいんだけどどう煮
ても、同じものが作れない。もしかしたらと思って血も使ってみたけど、鉄臭くなるだけで、何も変
わりが無い。どうやれば作れるんだろう…。作れなきゃその内に、ただでさえ少ない常連さんさえ
来てくれなくなっちゃう。
 あ、お客さん。…見たこと無い人だ。大きい。こんなに大きい人、見たこと無いよ。天井に頭、ぶ
つけちゃうんじゃないかな。
「なんでもいい。何か食えるものをくれ」
「わかりました。えっと、小鹿のスープでいいですか?ウチ、それしか出せないんですけど」
「…それでいい」
「はい、かしこまりました。その…少しお時間かかってしまいますので、しばらくお待ち下さい。あ
、お酒はどうしますか?」
「いらん」
 怖い人だな…。それにしても、なんで背中にあんなに長い棒を背負ってるんだろう。布でぐるぐ
る巻いてある。それにしても、やばい。いつも常連さんしか来ないから、その分しか作ってない。
とにかく急がなきゃ。灰汁が浮くのを取りながら、野菜を炒める。あまり煮立たせすぎると、味が
落ちる。それはわかってるけど、ウチのかまどは火力が簡単に調節できるようにはできてない。
だから今度のお客さんに出すのはどうしても味が落ちたものになっちゃう…。せっかくの新しい
お客さんなのにな…。まぁ…仕方が無い、か。ん、できた。野菜はよく煮えてるし、肉は硬すぎず
柔らかすぎず。今日の出来栄えは80点てとこかな。
「どうぞ」
「…お嬢さん、そのブレスレットは何処で手に入れたんだ」
 アタシの腕のほうを見て、男は聞いてきた。金色で二匹の竜が絡み合うようなデザインのブレ
スレット、先月来たお姉ちゃんにいただいたものだ。
「これですか?これは先月ウチに泊まったお客さんがくれたんです。お金持ってないから、宿代
代わりにって。まぁウチの宿代、このブレスレットだったら一年は泊まれるくらい安いんですけどね」
 アタシの話を聞き終わらないうちにお客さんはスプーンを取って、スープを肉と一緒に一口、
口に入れた。そして動きを止めた。気のせいかその顔は悲しそうに見えた。どうしたのだろう。た
まらなくなって、アタシは聞いてみた。
「どうかしたんですか?」
「まずい」
「えっ?」
「…まずいな、人の肉ってのは」
 …人の肉?この人は何を言ってるんだろう。この肉は鹿の肉で、絶対に人の肉なんかじゃない。ていうか、なに、なんなのこの人。ウチの味が気に入らないからそんな言いがかりつけてるわけ?
「お嬢ちゃん、このスープいくらだ?」
「……一万ガウズですけど、それがなにか?」
 本当になんなのよ。あれから一口も飲んでないし…。気に入らないならさっさと出てけばいいじゃない!
「鹿肉のスープ、他の店で食うといくらか知ってるか?」
「し、知りませんよ。そんなこと。この辺に他のレストランなんてありませんし…」
「九十ガウズだ」
「…随分、安いもんなんですね」
「…それだけ人の命は高い。でも、たった1万か…たった、な…」
 なによ。今度は泣き出して。それにまだ、人の肉とか言い張る気だよ、この人。気が触れてるのかなんなのか…。ああいうのは、放っておくに限るよね。…あ、またお客さん。今度こそ常連さん達。もうお酒が入ってるのか、声が大きい。
「あれ嬢ちゃん、今日はバウズの野郎いないの?」
「月に一度、隊長のつぶれ顔見ねぇと、仕事もやる気出ねぇよなぁ」
「馬鹿野郎!隊長とそのお嬢さんに向かってなんて口だ!隊長すいません!どうせ奥にいらっしゃるんでしょう!」
「あ、あのぅ…お父さん、ちょっと居なくなっちゃったんです…」
 突然、静かになる常連さん達。
「居なくなった…って、嬢ちゃんそりゃなんかの冗談でしょう」
「そうですよねー、隊長得意の性質の悪い冗談ですよね、お嬢さん」
「いえ、これがその…書き置きです」
 カウンターに置いておいた書き置きを常連さん達に渡し、スープを常連さん達の前に置く。ちらりと、表情をのぞいて見る。けれど皆、スープには目もくれず、父さんの書き置きに目が釘付けになっている。みんな、さっきまでと顔つきが違う。一体どうしたというのだろう。でも…とりあえず、せっかく作ったスープを食べてもらわないわけにはいかない。
「まぁ皆さん、馬鹿親父のことは放っておいて、スープを食べてください!親父なんかが作ったのより、よっぽどおいしいはずですから!」
 沈黙。アタシの言葉に対する返事はそれだった。突然、さっきまで泣いていたあの大男が、アタシに話しかけてきた。
「嬢ちゃん、『子猫亭』って店、知ってるかい」
「え…ちょっと聞いたことありませんね。どの辺にあるんですか」
「その店はねぇ、小さい女の子の肉を使ったスープを出すんだ。ほら、そういう子って子猫みた
いじゃないか」
 この人、アタシの答えはどうやら最初から求めていなかったらしい。しかもまだ言いがかりを続ける気みたいだ!さっきとは違って、他のお客さんだって居るのに!
「それじゃあお嬢さん、『小鹿亭』って知ってるかい。そこではねぇ、若い女性の肉を使ったスープを客に食わせるらしいよ。しかも1万ガウズで!1万ガウズ!嗚呼、普通の農夫だったら、三ヶ月は遊んで暮らせる金額だ!」
「いい加減にしてください!お代はいりませんから、もう出て行っ…ッ!」
 もう出て行ってくれ!言いがかりもいいところだ!ウチはそんな肉、一切使ってない!それ以上口を開けば、そんな言葉がアタシの口からは放たれていたのだろう。けれど、それは遮られた。何に?アタシは一瞬、『ソレ』を理解できなかった。アタシの顔の横には、鈍く銀色に輝く刃物。見たことは無かったけれどたぶん、これが槍。包丁なんて、よほど可愛いものに見える。槍はアタシの頬のすぐ横を通り、壁に突き刺さっている。
「黙れ、人食い」
 槍を引き抜き、その人はカウンターを蹴破った。アタシは破片に巻き込まれ、後ろに倒された。有り得ない。ウチのカウンターは丸太をそのまま削りだして作った、父さん自慢の頑丈なものだ。人一人で、壊せるものじゃない。
 コノヒトハ、フツウジャナイ。それを認識した刹那、アタシは立ち上がり、走ろうとした。が、それは叶わなかった。立とうとした足が弾けた感じがした。アタシは男により、また地面に転がされたようだ。
「お嬢ちゃん、絞め場に案内してくれないか」
 槍を肩に乗せ、こちらに詰め寄りながら、そう言う男。けれど、アタシは答えられない。知らない、そんなもの知らない。そう口を動かそうとするけど、体が勝手に動く、逃げようとする。けど、カウンターの中に居て、角に追い詰められたアタシには、退路が無かった。壁に貼り付いて、上に逃げようとする体。もう駄目かもしれない。だって、なんかもう、体と心が別々に動いてる。冷静に見ようとする自分と、そんな意思とは別にそんなことまったくできない体。どうにも、完璧に分離してしまったみたいだ。最近、疲れてたのかな?父さんは居なくなるし、お客さんは気難しい、野菜は自給自足だから畑仕事はしなきゃだし、家の仕事は結局全部アタシがやらなきゃいけない。変な夢も見るし、やっぱりそうだ。アタシは疲れてた。だから多分、これも夢なんだ。
「知らない、か。というよりそれどころではないな、これは。まぁ、実は最初から場所はわかってたんだ。連れてくぞ」 

 アタシは男に髪を持たれながら引き摺られ、どこかに行くようだ。どこだろうか。
 五分と引き摺られることなく、そこには着いた。そこには見覚えがあった。小屋というには少し大
きく、人が充分に住める程度のものだ。なんでかはわからなかった。父さんが決して入るな、近づ
くなと言っていた小屋だ。ただ、そう教えられていた。そういえば前に一回だけ、この小屋に『お姉
ちゃん』と父さんが入るのを畑仕事に行く前に見かけたことがある。忙しかったので、あまり気に
止めはしなかったのだけれど。ここに何があるのか、とにかくアタシは知らない。
 -バタンッ!-
 派手な音を立てて男はドアを開け、小屋へと入る。アタシも引き摺られて、それに続く。そして、
蹴り飛ばされた。壁に叩きつけられ、ようやく体がいうことを聞くようになった。けど、それはあまり
いいことではなかった気がする。体中とにかく痛むのがわかるようになっちゃったし、これでは冷
静ではいられなくなってしまう。…そうでもなかった。体痛いと、逃げられない。動かなければ、あ
とはどうにもならない。アタシは先ほどからと同じく、男の行動を見ていることしかできない。
「お嬢さん、この宿に今、お客さんは居るのかい」
 辛うじて、アタシは頷くことができた。
「それじゃあお嬢さん、その人の名前は」
 声を出そうとしても、どうもうまくいかない。かすれた息が出るだけだ。
「チッ」
 男にはだんだん落ち着きがなくなってきていた。このままだと本当に命に関わるかもしれない。
そういえば、常連さん達はどうしたのだろう。アタシが引き摺られていくのを黙って見ていた。それ
だけだった。あれからどうしているのか。なんで助けに来てくれないのか。彼等は兵隊だった。お
父さんの率いた部隊でのお話を、月に一度だけ来る日にみんなで葡萄酒を飲みながらあんなに
していたのに。あのお話は全部嘘だったのだろうか。
 気付くとアタシの右手は、左手首のブレスレットを握り締めていた。おかしい。体をうまく動かせ
ない。引きつりを起こしているわけでなく、ただ自分の意思で動かせない。感覚も無い。アタシは
アタシの右手がしようとしていることがわからない。
 だんだんとアタシの指が食い込み、つぶれ始めたブレスレット。そしてそれは突然硬さを失い、
絡み合っていた竜は解け、今度はアタシの左腕に螺旋状に絡みだした。竜の先ほどまでの金
色の輝きは失せており、それは黒い竜となりアタシの腕に染み付いた。
 瞬間、体が浮いた。視界の端に、闇が見えた。見ると、そこには翼が在り…いや正確には翼
の輪郭をした闇が在り、その闇の中には無数の顔が見えた。その顔のどれも、泣いていた、叫
んでいた、嘆いていた。その言葉はアタシには理解できなかった。その顔と声が、アタシの目と
耳を焼いた。そして、あらゆる負の感情を詰め込んだその闇の翼が、アタシを包むように閉じら
れた。
 暗闇の中、先ず服が溶け、次に皮膚と体毛が溶けた。肉は何者かに残らず食いちぎられ、ア
タシには骨と目だけ残された。竜はアタシから解放され、アタシの周りをぐるぐると飛び回ってい
る。竜は実体を持っているようではなく、その体は炎のようなゆらめきを見せている。竜が一匹、
アタシの目と鼻の先を炎の体で通り過ぎて行った。視界が回復した後、アタシが見たものは『お
姉ちゃん』達。なんで、今、こんなところで彼女達に再会するのかはわからない。わかるのはた
だ、彼女達の目が全て憎悪に満ちていること。誰に対して?それはやはりアタシだった。何故か
はわからない。でも、そう感じた。しかし、彼女達は何もしない、してこない。ただ、アタシをその
紅い目で見るだけ。その無限とも思える時間が過ぎる中、竜はアタシの周りを飛びまわるのをや
めた。二匹の竜はアタシの目の前で静止し、浮遊していた。程なくして、竜は融合を始めた。細く
長かった竜は、一匹の巨大な火竜となった。そして、竜はその口を広げ、こっちに飛んでくる。ア
タシは竜に食われた。
 それがアタシの、人間としての生の終わりだった。


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この記事へのコメント

関白大将軍
2005年03月13日 16:48
まず、彼の所有は『槍』ですよね?剣になってるぞい(笑)まぁ、内容は興味をそそがれてイイです!いきなり、速流で色々と気になる事アリアリで好き。 長くなるやろ?ガンバレ~(笑)
ねこ
2005年03月13日 18:56
はうあッ!指摘さんくす!早急に修正すますた!
誤字誤植って、気づけないんだよね…。

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