喰うなら喰やれ 挿話乃漆 『恐怖』




始まりはなんだった。
そう、恐怖。
妄信的な、恐怖だ。
部落が存在していた。
無力で、ただの単なる部落が。
その部落を攻めた国があった。
そして、見事、その国はその部落を落とした。
部落に住んでいた者達は虜囚と化し、人とは扱われなかった。
亜人と呼ばれ、部落ごとに使用用途を定められた。
その内に、攻め落とした国の人々の間には、こんな噂や吹聴が飛び交った。
『亜人が大群で攻めて来る』
『亜人の復讐だ』
『あんなバケモノ達に勝つには死なない体でも手に入れるしかない』
そう、始まりはそんな恐怖や戯言からだった。

神様は居るのかもしれない。
どこに居るのかと問われるとそれは困るが、居るのかもしれない。
呪術師と呼ばれる者達が居た。
呪術師、などと呼ばれていたが、なに、単に科学者達のことだ。
人の体を作りかえることなど、彼等には既に単純な問題だった。
ただ、知識は国の上層部にしか宿らないから、平民から見れば、それは呪術以外の何ものでもなかった。
依って、彼等は呪術師と呼ばれ、自らもそう称した。
ただ、誤算だったのは、『本物』が居たことだ。
本物の呪術師、それは竜人と呼ばれた者達の中に居た。
彼等は理性的に他部落を切り、またその長は自分の部族を殺された。
『自分の部族を売った』、とされているが、それは歴史の誤認である。
それは亜人達にとっての部族内の怒りを強くさせるものであり、結束を強める為の方便であった。
竜人の部落が落とされたしばらくの後、世界に変化が訪れた。
亜人達が『亜人』になったのだ。
帝国の人間が怖れた通りの凶暴で、人とは違うバケモノに。
それは捕らわれていなかったはずの部落の人間にまで影響を及ぼした。
世界が崩れていった。
森に潜んで人の侵入を食い止めていた亜人達は本物の獣と化し、ヒトは潜在的なバケモノを飼った。
正当な種族としてのヒトはこの国から消え去っていた。
それは件の『本物』によるものだった。

リタ。
私の娘の名前だ。
彼女は今や、その姿を残すのみで、彼女の姿をしたモノは彼女ではない。
ルナ。
リタを変えた者の名だ。
竜人の娘で、巫女だった。
私が殺した。
彼女の肉を元の部下達に振る舞い、私もそれを食べた。
彼女の腕輪をプレゼントだと言い娘に渡し、呪いはそこから始まった。
それから数年、腕輪は少女達の呪詛を食い、世界を徐々に変えていった。
今の世界、どんなものだか気付いてるヤツはいるのかな。
いや、たくさん居るだろう。
特に竜人の長。
気付かない方がおかしい。
劇的に変わったのがわかるのはまず亜人だ。
それまでのとは違う、常識外れの力を行使できるようになった。
そして、巫女との再会。
少女達の呪詛を喰らった腕輪。
それは世界を呪った。
方法は単純なものだった。
全ての可能性を肯定したのだ。
多数決の肯定がその原理だ。
亜人の村に住む者は亜人と成る。
ヒトの信じる妄想は現実と成る。
より強い妄想は現実となり、母体の少女の力は絶対と化す。
多くの者が、死の間際に神に救済を願ったであろう。
しかし、それは叶わなかった。
それは少女が神を信じぬ者であったから。
そして妄言がまかり通った。
知らぬ者はそのまま骸に。
知っていた者はバケモノに。
亜人には負けない死なない体を持った彼等は亜人には殺せない。
彼等を殺せるのは少女の眷属のみ。
だから、あの二人には殺せる。

私は娘のことを何でもわかる父親に成りたいと思った。
大きくなってきて、段々と私にも隠し事をするようになってきてしまって、寂しかったのだ。
そして望み通りそう成った。
今は後悔している。
娘が、娘の形をしたアレが犯したものをなんでもわかってしまうことがどれだけおぞましいことか。
まるで体が二つあるかのよう。
私がコーヒー、娘がケーキを食べているとしよう。
私はコーヒーを飲んでいるのに、舌は生クリームの甘みを同時に訴える。
私が昼寝、娘がその辺を走り回っているとしよう。
私は寝ているのに、全身の筋肉は躍動感を訴える。
そういういことだ。
そしてあの日、私は確信した。
娘は何も気付いていなかったのだろう。
徐々に作り変えられていたのだから、ふつうの体(少なくとも私はそう信じていた)であった私の体にはその感覚がありありとわかった。
産まれる。
そう確信した私は娘を殺そうとした。
しかし、できなかった。
父親が自分の娘を殺すことなど、できようものか。
そして身を隠した。
隠したところでどうなるということでも無いだろうが、隠した。
そして今もここで自分を保つことを第一に考えて、手記を残している。
ああ、誰か、誰でもいい。私を殺して欲しい。









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