喰うなら喰やれ 8-4 & エピローグ






 戦士として産まれ、戦士として育った。
 その自分が今、穴掘り等と言う仕事をせねば成らない。
 そう思うと笑えた。
 押し寄せる肉の波。
 其処へ只管に光る槍で穴を穿ち続ける。
 人が如何にか二人は通れそうな広さしか無い。
 情けないものだった。
 この広さで大変であるのだから農夫や鉱夫等はさぞ辛い職業であろう。
 飛び散る破片は腐臭に塗れ、滴る血液は手を滑らせた。
 まだか。
 遅い。
 ああ、もう…死んでしまえ。
 腹いせにガイアは吼えた。


 高速で脇腹を狙うサーベルをトンファーでいなし、回し蹴りを叩きこむ。
 かわされるのは承知していたけれど、そこに触手を絡めてくるのは予想外だった。
 瞬時によくわからない光で応戦。触手をかき消す。
 電撃を付与しつつトンファーで一撃するも、皮膚の異常な硬質化の前に阻まれる。
 敵の姿が変化した。
 十本の腕に十本の剣。いや、十本の触手に十本の剣か? 違う。これは爪だ。
 手が異様に変化したものだ。
 分析しても仕方がないのだが、アタシを囲むように床や天井や壁…部屋中からから伸びて来るソレは素早くてなおかつ精密な動きを見せた。
「チィッ!」
 指を一本持っていかれた。
 薬指。
 大事な一本だった。
 ふざけるな。
 死ね。
 死ね。
 死ね。
 死ね。
 心の蠢動。
 ただその蠢動のみこそアタシを突き動かした。
 更なる速度を以って魔指を断った。
 乙女の指を潰したんだ。両手くらいは使い物にならなくしないと気が済まなかった。
 もう逃げる時間は充分稼いだ。
 逃げ時だ。
 疾駆。
 すぐに追いつかれる。
 それでも逃げた。
 壁、天井、全ての蹴れるものは足場だ。
 いくらバケモノといえ、この軌道だけはそうそう読めたものではなかったようだ。
 なんとかその場所に到達した。
 しかし、だ。
 建築物に破損は見られた。
 が、肝心の穴がない。
 既に一足飛び程度では破れないであろう肉の壁。
 アレに飲まれたら死ぬ。
 意味も分からず死ぬだろう。
 やってられない。
 魔指が再びアタシを襲った。
 避ける。
 ただ避けた。
 五分かはたまた一時間ほどか、飽きるほど避けた。
 そして時は来た。
 直感、と言うよりは指令でも受けたような動きでアタシは壁の穴から遠ざかった。
 そしてその直後、熱線が肉壁を穿った。
 その穴の先を確認するまでもなく、跳んだ。着地の衝撃は無かった。でかいヤツが受け止めてくれたようだった。
「遅い」 
「こっちの台詞だ、でかいだけの役立たず。死ね」
 再会。
 そしてバケモノもまた外へ。穴は通らず、肉の山から浮かぶ上がってきた。ソレは随分と久しぶりにヒトの形を取り戻していた。そしてヒトみたいな言葉でこう喋った。
「久しぶりに見る顔ばかりだな。そんなに俺が憎いか」
 そして哂った。蠢く肉の城を背に、高らかに。
「死ね」
「ああ、死んじまえ」
 打って出た。
 槍をかわしている間に蹴りを。蹴りをかわしている間に槍を。ありとあらゆる攻め手を繰り出した。しかし、
「ぬるい」
 退屈そうに王はそう言い放ち、二人同時に一撃を浴びせた。
「はっ…何故か喰えぬな、お前等。まぁいい。打ち殺すまでだ」
 再び魔指。地面に釘漬けにされた。
 それを助けようとした者達がいた。それすら王は許さなかった。腕を切り落とし、足を切り落とした。
 苦悶の表情で睨まれる。
「いい目だ」
 虫けら達の希望を殺す。そこに王は愉悦を覚えていた。
 そして気づいた。
 その愉しい愉しい宴に参加していない者がいた。
 翼を生やした少女だった。
 いや、少女、だろうか。
 印象が曖昧で、そうと言いきれない、言ってはいけないなにかがあった。
「…おにく…」
 ポツリと呟くと、肉の城へ向かい、埋もれていった。
「自ら喰われるとはな。気でもふれていたのか?」
 旧知の知り合いにでも訊ねるように、王は地面に転がる虫達に言った。
「…さて、飽いた。殺すぞ」
 一片の人間性も感じさせない声で宣告した。どこからか取り出した剣を振り上げ、まさにサリアの頭を両断しようかというその瞬間、ソレは現れた。
 爆発的な存在感。
 それまでの肉塊は、どこか虚ろで存在感というものに欠けていた。しかし今、王の背後に現れた肉の山にはただ居るだけで、絶対的な存在感が備わっていた。
 竜。
 一匹の巨大な竜が其処に居た。
 「竜、か。面白い。何をしてみせる。火を噴くか、地を割くか、それとも天に昇るか!?」
 王の喜悦は絶頂に達した。目を剥き、口からは涎を垂れ流し、耳からは血が噴き出していた。
「見せてみよ! その威容、お飾りでは済ませんぞぉぉぉぉっ!!!!」
 膨張する。増長する。咆哮する。
 ヒトの王はヒトであることを完全に捨て、一個の怪物と化した。
 その大きさは確かに竜と同等であった。
 しかし、王は忘れていた。 
 元が、元々が、元の元のまた元が、既に違ったことを。
 必殺の爪は通らず、触手はあっけなく千切られ、飲むことも敵わない。
 逆に、竜の爪は通り、増えた首で噛み千切られ、飲まれた。
 既に叫ぶことを忘れたヒトの王は、遂に叫び声のひとつも無く喰い殺された。
 だが、まだ終わらない。
 竜はその捕食に依り内在した熱を吐き出すかの如く、炎を吐いた。
 山を焼き、町を焼き、川を焼き、海を焼き、野を焼き、天を焼いた。
 ひたすらに遠くから、砲撃が在った。
 しかしそれすらも竜は焼いた。
 その内に、二人が身を起こした。
 ガイアとサリアであった。
 二人は火を吐く竜を見て言った。
「なあ、もう終わりでいいだろ、ルナ」
「ねぇ、もう気は済んだでしょ、お嬢ちゃん」
 異なる姿、異なる名の少女に向けて、二人は言った。
 そして、放った。
 一人は槍を。
 一人は仮面を。
 音も無くそれは竜の腹に吸い込まれ、竜は光となって消えた。
 残されたのは二つの骸と、幾人かの死に損ないだった。






エピローグ






「さて、何から話そっかな」
「なんでもいい。さっさと寝かせてくれ」
「だ~めっ! 話したいことがいっぱいあるの」
「知ったことか。俺には話したいことはない」
「本当? でもさ、時間はもうないんだよ? それでもいいの?」
「いい。お前が其処に居さえすれば、俺は其れでいい」
「そっか…そうね。じゃあ、お休みなさい」
「ああ、お休み」

「よっ」
「…初めて、そっちから話しかけてくれたよね」
「いや、初めてじゃないよ」
「そう?」
「そうだよ」
「そっか。うん、じゃあ、あとは名前呼んでくれるだけだね」
「ああ、それはまだだったね」
「ていうか、名前、聞いてくれなかった。アタシの名前は――――――」


「魂は天に還り、歪んだ世界は是正された、か」
 ウェインは倒れたまま炎に染まる空に消えていく魂の光を見つめつつ、溜まった息を吐き出した。
「これで、よかったんですか?」
 ラルフはそんな師に対し問いかけた。
「よかったのさ。なに、一人の少女の願いが叶わない世の中なんて、クソ食らえ…なんて思いません?みなさんも」
「そうですね…」
「ええ、まったく…」
 タクミとロースは意識を保つだけで精一杯の様だった。
「結局、怒らせる相手を間違えたんです。ヒトの王は。乙女の逆鱗に触れたあの方は、その身を焼かれ千切られ磨り潰され、最後はばっくり喰われてしまったんです。ああ怖ろしや、乙女の純情」
「師匠…好きだったんですか、サリアお姉様のこと」
 はっはっは、とウェインは笑った。
「嫌いでした。あんな素直になれない馬鹿女、初めて会いました。大方、今ごろはあっちでガイアとルナと、三角関係でもこじらせてるでしょう」
「らしいですね。そりゃ姉さんらしいや」
 大きく笑う一同。小さく、「まったく…素直になれないのは師匠もでしょう」と誰かが呟いた。
「さて、ちょっと疲れましたね。そろそろ一休みしましょうか。これから忙しくなりますし」
「そうですね、もうなんだか眠くて仕方がない…や…」
「さんせーい。おやすみなさ………」
「おやすみなさ…い……」
 ぱたり、と皆一斉に眠りについた。
 ウェインは独り立ち上がり哂った。
「また、生き残ってしまったよ、ルナ、ガイア。僕は、僕はどうすればいいんだい。サリア、君ならどうする。教えてくれ…教えてくれ………誰か…」
 むせび泣くウェインに、囁きかける神はなかった。






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